ウインブルドン2008・ラファエル・ナダル(スペイン)初優勝!!ロジャー・フェデラー(スイス)の5連覇を阻止(動画)。〜ウインブルドン歴代優勝者一覧&ボルグ対マッケンロー1980年動画。



テニス4大大会のひとつ、というかテニス界の頂点の大会ウィンブルドン選手権。
第一回は、1877年(明治10年)に開催されている。

1968年にプロが解禁されるまでは、アマチュア選手のみ出場が許された大会でした。

アマチュア時代の優勝記録。

ウィリアム・レンショー(英国)
シングルス優勝:1881年-1886年、1889年 [大会6連覇を含む7勝]

英国 ウインブルドン出身のドハティー兄弟。
レジナルド・ドハティー シングルス4連覇(1897年-1900年)
ローレンス・ドハティー シングルス5連覇(1902年-1906年)

ロッド・レーバー (オーストラリア)4勝(1961年&1962年)(プロ解禁後の1968年&1969年)
などなど。

ウインブルドン・男子歴代優勝者(プロ選手が解禁となった1968年以降)

1968年 ロッド・レーバー(オーストラリア)
1969年 ロッド・レーバー レーバーの2回目の年間グランドスラム
1970年 ジョン・ニューカム(オーストラリア) 
1971年 ジョン・ニューカム
1972年 スタン・スミス (米国)
1973年 ヤン・コデシュ (旧チェコスロバキア)
1974年 ジミー・コナーズ(米国)
1975年 アーサー・アッシュ (米国)(初の黒人選手)
1976年 ビョルン・ボルグ (スェーデン)
1977年 ビョルン・ボルグ
1978年 ビョルン・ボルグ
1979年 ビョルン・ボルグ
1980年 ビョルン・ボルグ   大会5連覇
1981年 ジョン・マッケンロー (米国)
1982年 ジミー・コナーズ
1983年 ジョン・マッケンロー
1984年 ジョン・マッケンロー
1985年 ボリス・ベッカー (旧西ドイツ)  大会最年少優勝記録「17歳7ヶ月」
1986年 ボリス・ベッカー
1987年 パット・キャッシュ(オーストラリア)
1988年 ステファン・エドベリ(スウェーデン)
1989年 ボリス・ベッカー
1990年 ステファン・エドベリ
1991年 ミヒャエル・シュティヒ(ドイツ)
1992年 アンドレ・アガシ(米国)
1993年 ピート・サンプラス(米国)
1994年 ピート・サンプラス
1995年 ピート・サンプラス
1996年 リカルド・クライチェク(オランダ)
1997年 ピート・サンプラス
1998年 ピート・サンプラス
1999年 ピート・サンプラス
2000年 ピート・サンプラス  大会最多優勝記録「7勝」
2001年 ゴラン・イワニセビッチ(クロアチア)
2002年 レイトン・ヒューイット(オーストラリア)
2003年 ロジャー・フェデラー (スイス)
2004年 ロジャー・フェデラー
2005年 ロジャー・フェデラー
2006年 ロジャー・フェデラー
2007年 ロジャー・フェデラー  ボルグ以来27年ぶりの大会5連覇
2008年 ラファエル・ナダル(スペイン) 4時間48分大会史上最長

1975年優勝のアーサー・アッシュは、4大大会で男子シングルスを制覇した初の黒人選手(1968年の全米オープンで4大大会初優勝)
1993年49歳の若さで「エイズ」で亡くなる。

「強い」という点から見れば、やはり「パンチ・パーマ」のアンチャン(天然らしい)ピート・サンプラスということになるだろうか?
(4大大会の全仏だけは優勝していないが)4大大会14勝は歴代1位である。
「貧血症」という、スポーツ選手としては致命的ともいえる持病持ち(疲労してきて酸素が不足すると動悸・息切れがおきる。)。

サンプラスは、「フル・オールラウンド・プレーヤー」といっても過言では無い。
剛球「ブンブン・サーブ」から前に出て良し、後ろで打ち合って良し。
「圧倒的に強い」という印象でした。(朝青龍のように・・・。)

顔も、普段はヘラヘラしているのにプレーをしている時は、怖い感じでした。


サンプラスに代わって躍り出てきたロジャー・フェデラーもオールラウンドプレーヤーです。
サンプラスが攻撃型のオールラウンド・プレーヤーに対して全方位型ともいえる。
何よりも「玉ぎわ」に強く、勝負強い。
良く、拾うという印象です。
顔だけ見ていると強そうな感じではないが、実に、安定的な強さを誇る。
1981年8月8日生まれの27歳。
近年は、ラファエル・ナダル(スペイン)の前に苦杯を喫する場面も見られるようになりましたが、まだまだ強さ健在だと思います。
現在、4大大会14勝と歴代2位。

今大会、フェデラーの5連覇を4時間48分のウインブルドン史上最長の死闘の末阻止したラファエル・ナダル
土のコート(クレー・コート)に強いスペイン人プレーヤー特有の粘り強さを十二分に発揮しました。
そして、加えてスター性も抜群です。



何より、テニス・ファンにとって忘れられないのは、ビョルン・ボルグ(スエーデン)とジョン・マッケンロー(米国)ではないでしょうか?

1970年代から80年代にかけてジミー・コナーズ(米国)、ビョルン・ボルグ(スエーデン)、ジョン・マッケンロー(米国)の3つ巴の時代に突入する。
この時代は、男子テニス界の隆盛期といって良いのかもしれません。

ビヨン・ボルグ:5勝(1976年-1980年) [大会5連覇]
ジョン・マッケンロー:3勝(1981年、1983年&1984年)
ジミー・コナーズ:2勝(1974年、1982年)

ビョルン・ボルグ(スエーデン)は、ウッド・ラケットを使用。
しかも、最も硬い張りのガットから重いトップスピンを繰り出した。
ベースラインから打つグラウンド・ストロークを得意とするタイプである。

時折、ボールを打った瞬間ラケットが破裂するなどのハード・ヒッターです。
1983年26歳の若さで現役引退。

ジョン・マッケンローはサウスポーで、高速サーブを駆使、サーブ&ボレーの典型選手。
ボールを捕らえるアタッチメントは、天才的と称されるほどにしなやかである。
1992年に33歳で現役を引退。

ジミー・コナーズは、オールラウンド・プレーヤーである。
加えてタフという印象が強い。
全盛期は、ボルグとマッケンローの影に隠れてしまった感があるのが残念でした。
40歳まで現役で第一線に踏ん張っていました。
1991年の全米オープン、39歳でノーシードからベスト4にまで進出。
ある意味、テニス界で一番「強い」プレーヤーといえるかもしれません。
(何しろ、30歳前後で引退する選手がほとんどですから。)



1980年のボルグ対マッケンローのウインブルドン決勝、3時間55分に及ぶ戦いはテニス史上に残る名勝負として、今なお語り継がれています。

ウッド・ラケットでベースラインから「ガンガン」トップスピンを打ち込むビヨン・ボルグ。
碧眼、金髪ロン毛をヘッドバンドでまとめ、そして無精ひげのハンサム。
日本でのテニス人気を高めたのが、ボルグでした。

そのボルグの重いトップスピンを、ウッド・ラケットでいとも簡単に弾きかえすジョン・マッケンロー。
スレンダーに見えるマッケンローが、ヒラヒラと蝶のように舞い、軽いアタッチメントでボルグの重いボールを弾きかえす・・・。

マッケンローとボルグ、全く好対照の2人の対戦は、胸を熱くする見ごたえ充分の試合でした。

セットカウント、ボルグの2-1で迎えた第4セット。
ボルグの7つのマッチポイントをマッケンローが凌ぎ、タイブレークを 18-16 という壮絶なスコアでものにする。

勢いは、マッケンローにありましたが、最終セット超人ボルグの前に6-8とマッケンローは敗れてしまう。
ビヨン・ボルグのウインブルドン5連覇達成の瞬間であり、ボルグ自身ウインブルドン最後の優勝となりました。

翌年、マッケンローは雪辱を果たし、ボルグを下してウインブルドン初優勝を果たす。


ボルグ・1980年ウインブルドン・マッチポイント。(最初CMが流れます。画面上で右クリックをして拡大表示にして見て下さい。)
80年マッケンロー対ボルグ
80年マッケンロー対ボルグ

ウインブルドン2008決勝・ラファエル・ナダル(スペイン)VSロジャー・フェデラー(スイス)動画






posted by ウォーターメロン at 01:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ
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