アポロ計画の真実。〜アポロ計画は、巨大な公共事業であった!?
アポロ計画は、アメリカ合衆国の威信をかけた有人月探査計画であった。
アポロ8号は、人類が地球以外の星に行った初めての宇宙船であった。
アポロ計画は、冷戦真っ只中の1961年5月25日、時のアメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの演説で始まった。
それは、「私は、今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる。」という内容の演説であった。
旧ソ連との熾烈な「月着陸」競争の火蓋が切って落とされた。
不幸にもアポロ1号は、1967年1月27日、訓練中の事故で炎上し、船内にいた3名の宇宙飛行士が死亡。
しかし、アポロ計画は、頓挫せずに進行。
1968年10月には、アポロ計画初の有人飛行となるアポロ7号が、地球周回軌道に打ち上げられた。
そして、1968年12月21日、アポロ8号は月に向かって、アメリカのケープケネディ宇宙基地から打ち上げられた。
ソ連が、巨大なロケットを用意していることがわかったため
当初アポロ8号は、地球周回での実験を繰り返す予定であったが、急遽予定を繰り上げての「月周回」の任務が与えられた。
そのため、月から帰還するための予備のロケットも搭載せずに月に向かった。
世界中の学者などからは、「無謀だ」と云う声も上がった。
1968年のクリスマス・イブ、無事、月周回軌道に乗ったアポロ8号。
人類史上初めて「月の裏側」を肉眼で見ることになった
「月の裏側」から出てきたアポロ8号から、地球への第一声は
「みんなに伝えてくれ。月にはサンタクロースがいる!」というものであった。
アポロ8号は、月を10周して12月27日に地球に、無事帰還。
そして迎えたアポロ計画のハイライト。
1969年7月20日、アポロ11号の月着陸船「イーグル」が月の「静かの海」に着陸に成功。
アメリカは、故・ケネディ大統領の演説どおりに、10年以内の月着陸に見事に成功。
ソ連との熾烈な「月着陸」競争に勝利したのであった。
アメリカとソ連という2つの巨大国家の覇権争い。
そういった大義名分があったからこそ、国家の予算を大きく宇宙開発に振り分けることが出来ました。
「アポロ計画」は、結局のところ、巨大な公共事業であったのかもしれません。
<参照>
続.「かぐや」は「アポロ計画」の謎を解く事が出来るのか?影が見えない!!
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