2010年サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会。
日本の予選グループは、「Group E」。
日本の対戦相手国は、オランダ、デンマーク、カメルーン。
シード国は、「オランダ」。
「オランダ」(オランダ王国:
Koninkrijk der Nederlanden)。
通称は 、「ネーデルラント(Nederland)」、「ホランド( Holland)」。
日本語のアテ字は、和蘭陀、和蘭、蘭国、通常「蘭」と表記される。
名前は聞くが、ヨーロッパのどこにあるのか定かでは無い国。
デッカイ人間の多い国、ガリバーの国です。
海面より低い土地が多い国。
長い長い間、今期良く干拓事業を行って作られて国です。
風車とチューリップが「名物」の国です。
人口、1600万人余り。
オランダのサッカー代表チームの愛称は、「オレンジ軍団」。
眼にも鮮やかな「オレンジ色」がオランダのナショナル・カラーです。
コアなサッカー・ファンは、「オランダ」をご贔屓にしているファンが多い。
過去の「オレンジ軍団」は、キラ星の如くの名選手揃い。
トータル・サッカー(全員で守り、全員で攻撃する)の申し子、「Flying Dutchman(空飛ぶオランダ人)」こと、ヨハン・クライフ(Johan Cruijff)。
「ピッチ上の監督」フィリップ・コクー(Phillip Cocu)。
「1978年ワールドカップ準優勝の時のエース」ロブ・レンセンブリンク(Rob Rensenbrink)。
「イタリア・ACミランの黄金時代を築いたトリオ」のひとりで80年代を代表するストライカー、マルコ・ファン・バステン(Marco van Basten)。
同じくトリオの一人、ドレッド・ヘアの「リベロ」ルート・フリット(Ridi Dil "Ruud" Gullit)。
同じくトリオの一人でオランダトータルフットボールの第二世代を代表する”暴れん坊”「ボランチ」フランク・ライカールト(Frank Rijkaard)。
「オランダ代表歴代最多得点王」パトリック・クライファート(Patrick Steven Kluiver)。
闘志溢れるスライディング・タックル、史上最高のセンターハーフの一人ヨハン・ニースケンス(Johan Neeskens)。
バックラインからの精度の高いロング・パスが魅力のゲーム・メーカー、フランク・デ・ブール(Franciscus De Boer)。
史上最強のミッドフィルダー(MF)、クラレンス・セードルフ(Clarence Clyde Seedorf)。
強烈なシュート力の知将、ロナルド・クーマン(Ronald Koeman)。
懐の深いセンター・フォワード、ルート・ファン・ニステルローイ("Ruud" van Nistelrooy)。
両サイドをこなせる世界屈指のウインガー、マルク・オーフェルマルス(Marc Overmars)。
「イングランドサッカー殿堂」入りを果たした、愛称「アイスマン」デニス・ベルカンプ(Dennis Bergkamp)。
「オランダ代表最多出場選手」愛称「摩天楼」ゴールキーパー(GK)、エトヴィン・ファン・デル・サール(Edwin van der Sa)。
などなど・・・。
現在のオランダ代表では。
多くのポジションをこなせるユーティリティ・プレーヤーのセンター・フォワード、ロビン・ファン・ペルシ(Robin van Persie)。
快速左ウインガー(WG)アリエン・ロッベン(Arjen Robben)。
などなど。
そんな、オレンジ軍団「オランダ・チーム」、ガリバー軍団ですが。
UEFA欧州選手権では、1988年に一度優勝しただけ。
肝心のワールドカップでは、一度も優勝していません。
過去に2度準優勝をしたことがあります。
1974年西ドイツ大会、ヨハン・クライフ(Johan Cruijff)率いるオランダ・チームは、予選では、「トータル・フットボール」を駆使して西ドイツに勝利。
しかし、決勝で、再度対戦となった「皇帝」フランツ・アントン・ベッケンバウアー(Franz Anton Beckenbauer)率いる西ドイツの前に屈した。
次の大会となる1978年アルゼンチン大会、ロブ・レンセンブリンク(Rob Rensenbrink)率いるオランダであったが・・・。
今度は、「闘牛士(エル・マタドール:El Matador)」ことマリオ・アルベルト・ケンペス(Mario Alberto Kempe)ようするアルゼンチンに屈した。
2010年の南アフリカ大会、「オレンジ軍団」オランダ・チームは、どうなんでしょうか?
2009年9月の日本VSオランダの壮行試合。日本が0−3で負けました・・・。
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