よみがえれ!!伊達公子!!「ライジング・ショット」炸裂!!〜復帰後、初優勝!!


伊達公子(36)さんが、何と現役復帰!!これには、ただビックリ!!

伊達公子さんは、1970年9月28日 京都府生まれ。

スポーツ選手としては絶頂期の1996年25歳のときに、突如、現役引退を表明する。

伊達公子さんの現役時代は凄かった。

女子プロテニス界の世界ランキングを彼女の武器でもある「ライジング.ショット」の如く、日の出の勢いで駆け上がって行った。

伊達選手は女子テニス界では日本を代表する選手。

1996年、当時テニス界の女王として君臨していたシュテフイ・グラフとの2度にわたる死闘。

1996年4月に東京・有明コロシアムで開催された女子国別対抗戦・フェドカップ、日本対ドイツ。

1勝1敗で迎えた2日目の1回戦、伊達公子選手対シュテフィ・グラフ戦、日本のファンの眼前で繰り広がれた試合は、凄かった!

伊達選手は左足のひざ下にテーピングをグルグルと巻いている。
前日のフーバー戦で痛めた足である。

そんな状態にもかかわらず、日本のテニス史上に残る戦いを伊達さんは、演じることになる。

第一セットは、あっさりと伊達さん0−5グラフ。
伊達選手は足を痛めていたこともあり、精細を欠いていていた。
このまま、あっさりと第一セット終了するのか、と思っていたら・・・。

何と、伊達選手の驚異の粘り。
伊達選手の「ライジング・ショット」が次々と決まり、何と7−5と逆転!で伊達さんがセットを取る。

しかし、第二セットはグラフが意地を見せて6−3で奪いかえす。

そして、火花散るファイナルセット第三セットは、とんでもない大接戦となる。

セットカウント7−7。

以降は、タイブレーク(先に2セット先取した方が勝ち)の展開。

女の意地と意地のぶつかり合い!

延々とブレーク返しの応酬となり、最後は12−10のセットカウントで、ついに伊達選手の勝利!!

何と3時間25分におよぶ死闘でした。

(フェドカップの映像の著作権は「TBS」にあります。
4月30日までにネット上の動画は、全て削除されてしまいました・・・。

尚、DVD&ビデオは、市販されています。
テニス・ファン、スポーツ・ファンでしたら、ぜひ所有したい映像ですね。
「文藝春秋」の「スポーツ・グラフィック・Number」から2時間40分のビデオが発売されています。
「TBS」の方でも販売しているようですが、コチラがオススメです。
定価は¥3,300でした。(96年当時)

尚、TV実況の絶叫音声は、収録されていません。
会場の音のみ収録されていますので、リアルな雰囲気を楽しめます。)

同じ年の7月4日-5日の2日間にわたり、ウィンブルドン準決勝でグラフと、現役最後の対戦をする。

1996年ウインブルドンの事実上の決勝といってもよい、準決勝。(グラフは、決勝戦のアランチャ・サンチェス(スペイン)戦をあっさりと制して、優勝を遂げています。)

試合は日没サスペンテッド、試合の展開はフェドカップと同じような展開となり、第二セットの途中からは、完全な伊達選手のペース

しかし、試合は日没で第三セットは翌日に持ち越し、翌日に持ち越された第3セットはグラフが 6-3 で取って、グラフの勝利。

もし、日没で途中中断がなければ、フェドカップと同じように伊達さんの勝利になったことでしょう。

そしてこの試合が、伊達公子選手とシュテフィ・グラフの現役最後の試合となりました。

伊達公子.bmp
伊達さんの代名詞ともいえる「ライジング・ショット」が、完成の域に達しつつあったこの時期。

ライジング・ショット」はワンバウンドした後のボールがトップに来るまで待つのではなく、ボールのあがりぱっなを叩く、つまりショートバウンド気味に打つというショットです。

相手のボールの威力を利用するショットです。
当然コントロールが難しくなります。

更に、伊達選手のテニス・ラケットのガットの「張り」は女子選手の中では、最も硬い「張り」のガットを使用しています。

「硬い」ガットですので、当然ボールの反発力が強くなります。
但し、コントロールが、非常に難しくなります。

特に、ウインブルドンのような芝のコートでは、ボールのバウンドが不規則になりますので、なおさらです。

また、ライジング・ショット同様に伊達選手のもうひとつの武器。
「パッシング・スルー・ザ・ショット」(トップ・スピードで走りながらボールを打ち、前に出てきた相手の脇をスルーするショット。)も決まっていました。

伊達選手は、見事に「ライジング・ショット」と「パッシング・スルー・ザ・ショット」を芝のコートで、使いこなしていました。

相手が、当時のテニス界の女王(多分、今でもナブラチロワとともに、おそらく史上最強のプレイヤーだと思います。)を相手に、全くひけをとっていませんでした。



伊達公子選手の絶頂期ともいえるこの1996年シーズンを最後に、
彼女は、突如、現役を引退。
2001年ドイツ人レーサーのミハエル・クルム氏と結婚。

よみがえれ!!伊達公子!

<参照>

伊達公子さんは、シュテフィ・グラフに勝ったので現役復帰を決めたそうです。〜1996年ウインブルドン伊達VSグラフ・動画。 


追記:よみがえった伊達公子!!

08年6月15日、東京有明国際オープン クルム伊達公子選手は、決勝戦で秋田志帆(ポッカ)選手を2−0のストレートで破り、復帰4戦目で見事にシングルスで優勝を遂げました!!
posted by ウォーターメロン at 18:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/92676071
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
今日も最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。  人気ブログランキングへ