・マリリン・モンローと「つけボクロ」、死の謎。〜ジョン・F・ケネディ大統領のバースデイ・パーティーで「ハッピー・バースディ」を歌うマリリン・モンロー【動画】

ホクロ.bmpマリリン・モンロー、あらゆる意味で20世紀を象徴する女優と言えるでしょう。
マリリン・モンローの本名は、ノーマ・ジーン・モーテンセン、その後改名してノーマ・ジーン・ベイカー。

モンローは、母親の姓である。
1926年6月1日生まれアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身。

1962年8月5日カリフォルニアの自宅で全裸でうつぶせの死体となって発見。
享年わずかに36歳。

余りに若くしての死を悼んでエルトン・ジョンが後に「グッバイ・ノーマ・ジーン」と歌った。

しかし、その後、その歌の歌詞を変えて「グッバイ・イングリッシュ・ローズ」と歌うことになるとは思っていなかっただろう。

「イングリッシュ・ローズ」とは、イギリス・ダイアナ元妃の事である・・・。

マリリン・モンローもダイアナ元妃は、スキャンダラス・ゴッシプの象徴となってしまった感があるような・・・。

そして、2人の死はあまりに謎が多い。

ダイアナ元妃は、事故死とされていますが・・・。


マリリン・モンローの死は、睡眠薬の大量摂取による「自殺」と、公式にはなっているようです。

モンローが死亡した家に同居していた家政婦が、誰も訪ねてこなかったと証言したために自殺と断定されたようです。

しかし、あまりに謎が多い・・・。

モンローは、毎日、日記帳に日記をつけていましたが、死亡した当日の日記が日記帳から破り取られて無くなっている・・・。


マリリン・モンローの死は、他殺という意見が、現在も後を絶ちません。

睡眠薬の大量摂取が原因では起きないと云われている「紫斑」が出ていたという説も・・・。

外傷が見られず、尚かつ、体内に睡眠薬以外の他の毒物が、発見されない。
一説には、肛門より毒入りの座薬を挿入されたという説があります。
毒入り座薬は腸内で拡散して、体内に痕跡を残さないとされています。

それでは、家政婦の証言は・・・。


他殺とすれば、誰がモンローの暗殺を指示したのでしょうか?
モンローが生きていては困る、とされている人物に違いありません・・・。


マリリンモンロー
はアメリカ合衆国第35代大統領・故ジョン・F・ケネディ氏とも親密な付き合いをしていたようです。

ケネディ大統領の女好きは有名です。

ジョン・F・ケネディ大統領のバースデイ・パーティーにマリリン・モンローが駆けつけて「ハッピー・バースディー」を歌う姿は、何やら意味深な感じがします。

マリリン・モンローが死んだ1962年の翌年63年11月。
ケネディ大統領はテキサス州ダラスで暗殺。

・・・これまた謎の多い事件です。

〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜

マリリン・モンロー生い立ち・・・母子家庭に育つ。
母親は精神病を患っていたために、里子に出される。

その後、里親を転々として、孤児院などにも入る。

モンロー16歳のときに最初の結婚をジム・ドハティとするが、4年で離婚。

マリリン・モンローは、1954年2月1日に元ニューヨーク・ヤンキースの選手、故ジョー・ディマジオ氏と結婚。
新婚旅行先は、何と日本でした。

ジョー・ディマジオ氏。
大リーグ史上に燦然と輝くその名前。
1941年に記録した56試合連続安打の世界記録。
おそらく、永遠に破られることが無いだろうといわれています。

モンローとディマジオが、日本に新婚旅行に来たとき。

アメリカでは、ディマジオ氏は、日本の「王・長嶋」さんクラスのヒーローだというのに・・・。

妻であるマリリン・モンローの人気のモノスゴサにビックリしたディマジオ氏。

その後、マリリン・モンローが主演した「7年目の浮気」。

地下鉄の送風口の上で妻であるモンローのスカートがめくれ上がる有名なシーン。

そのシーンに憤慨したディマジオ(モンローには、主婦業に専念してほしかった・・・)。

そんな些細なことでモンローと大ゲンカをしたディマジオ。

結婚してから、わずか9ケ月後に離婚。

しかし、マリリン・モンローの葬儀を仕切ったのはディマジオ氏です。

ディマジオ氏は、死ぬまでマリリン・モンローの墓に毎日一輪のバラを献花し続けました・・・。

マリリン・モンローは、1956年、「アメリカの良心」と謳われた劇作家のアーサー・ミラーと結婚する。

流産などをして、精神的に不安定な時期が続く。
このころより、睡眠薬を常用するようになった。
1961年、マリリン・モンロー、アーサー・ミラーと離婚。

この時期、モンローは映画の撮影にも遅刻を繰り返す。
「NG」も多く出し、撮影が遅れがちになる。
「荒馬と女」で競演した、モンローが尊敬するクラーク・ゲーブルにも怒られるなどしていた・・・。
撮影終了後、ゲーブルが急死。
モンローは、更に精神的に不安定になる・・・。

そして、謎の死・・・・。

マリリン・モンローは、アメリカ合衆国の主要輸出産業である「ハリウッド」が作りあげた「作品」といって、良いのかもしれません。

有名な「モンロー・ウォーク」はハイヒールの左右のカカトの高さが違うことで生まれました。

モンローの元の髪の色は茶褐色のブルネットですが、ブロンドに染めています。
92.jpg
マリリン・モンローの印象的な口元の「ホクロ」は、「つけボクロ」です。


プライベートの写真には、ついていません。




<参照>

マリリン・モンローの写真・・・競売。

ジョン・F・ケネディ(JFK)大統領2039年の真実に向けて。(暗殺の瞬間をとらえたザプルーダー・フィルム画像処理最新版) 


マリリン・モンローのプライベート映像。ホクロはありません。

ジョン・F・ケネディ大統領のバースデイ・パーティーで「ハッピー・バースディ」を歌うマリリン・モンロー。
posted by ウォーターメロン at 22:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海外セレブ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/93834629
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
今日も最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。  人気ブログランキングへ