ネパールとチベットの境の場所にある「エベレスト」に中国が高速道路を通すのは、何のため?〜英国の登山家ジョージ・マロニーと「コダック」のカメラ。



エベレストは標高8844Mあります。
世界一高い山です。
エベレストや、今話題となっている中国領「チベット自治区」と「ネパール国」の境に屹立しています。

エベレストの初登頂は、正式には1953年5月29日エドモンド・ヒラリー(ニュージーランド)(2008年1月11日没、合掌。)とネパール人のシェルパ、テンジン・ノルゲイ の2人と、教科書にも書かれています。

エベレストの初登頂は、果たしてヒラリーとテンジンなのでしょうか?
確かに2人は、登頂後、下山を果たしました。

「どうして危険を冒してまで、登山をするのですか?」の問いに「そこに山があるから。」と明確に言い切ったことで高名なイギリス人の登山家ジョージ・マロリーが初登頂を果たしていたのではないかという、疑問が残っています。

ジョージ・マロリーとシェルパのアーヴィンがエベレストの登頂にアタックしたのは1924年6月8日。

しかし、下山することは・・・ありませんでした。

そして、時が経ちマロリーの遺体は、1999年5月1日エベレストの標高8,160m付近で発見されました。

合掌。

マロリーたちがエベレストに初登頂出来たのかどうか・・・。
登頂の証の写真を撮るべく持参した「コダックのカメラ
しかし、残念なことにその持参していたコダックのカメラは発見されませんでした。

ですので、マロリーとアーヴィンがエベレストに登頂出来たのかどうかは、未だに定かではありません・・・。

現在のように進化を遂げた登山用具も、大容量の酸素ボンベも無い時代に、果敢に世界最高峰にアタックしたジョージ・マロリー。

コダック」社では、万年氷河の地にカメラがあるのであるから、フィルムは必ず現像できる、と言っています。

発見は、かなり困難なことでしょうが・・・。
(地球温暖化の影響で、万年氷河がどんどん解けてカメラの捜査もしやすくなるかもしれません。)

尚、日本人のエベレストの初登頂は1970年5月11日に 松浦輝夫・植村直己 の両氏です。
植村氏は、 1984年(昭和59年)2月16日頃アラスカ真冬のマッキンリーで行方不明となりました。

エベレストの名前の由来は、ヒマラヤ山脈を測量した時にインド測量局長官だったイギリス人のジョージ・エベレストから来ています。

しかし、「エベレスト」の呼称は、現地では、チベット名チョモランマ=大地の母。
ネパール名サガルマーター=世界の頂上、です。

エベレストの場所ですが、ネパールとチベット自治区の境にあります。

チベット自治区は、現在中国領です。
チベットとチベット領のエベレストにも北京オリンピックの聖火は来る予定です。

エベレストの大パノラマ

posted by ウォーターメロン at 08:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中国
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