浜崎 あゆみ(はまさき あゆみ=本名:濱崎 歩)1978年(昭和53年)10月2日福岡生まれ。
1993年TV朝日のテレビドラマ『ツインズ教師』に生徒役の一人として出演。
他の出演者としては、菅野美穂 、佐藤藍子 、宝生舞 など
男性では、長瀬智也、井ノ原快彦、金子賢 など。
デビューはサンミュージックからである。
当初より活動に対して期待はされていたようです。
1997年に現在のエイベックス・エンタテインメントに移籍。
エイベックスに移籍したことが、「ayu」にとって大きな転機となった。
1998年『poker face』で歌手としてデビューする。
同時に多くの化粧品会社、製菓メーカー等とタイアップする。
1999年1月1日発売のファースト・シングル『A Song for ××』でオリコンチャート1位を初獲得。
約150万枚を売り上げた。
『LOVE 〜Destiny〜 / LOVE 〜since1999〜』でシングル初のオリコンチャート1位を獲得。
2001年『Dearest』で日本レコード大賞を受賞。
2002年、2003年と3年連続して受賞する。
2004年7月30日歌手デビューの際に世話になり自身のプロデューサーであるエイベックス専務の松浦勝人が、エイベックスを退社、移籍を表明。
浜崎あゆみ自身もマスコミに対し「彼の存続と共に浜崎あゆみの行方も決めさせて頂きたいと思っております。」と松浦と移籍する考えを明らかにした。
この騒動のせいで株は大暴落、株主からの抗議が殺到、エイベックス社内は大混乱に陥った。
この顛末は、松浦がエイベックスに落ち着くことにより一件落着。
浜崎あゆみの大きな成功の一因は、サンミュージックよりエイベックスに移籍したことである。
また、松浦のプロデュースが無ければ浜崎の成功も無かったということである。
浜崎あゆみは、女子高生のカリスマである、というような紹介をしなくとも今や誰もが知るスーパースターとなった。
ネイル・アートを日本中に浸透させました。
そして浜崎あゆみの大きな魅力が、作詞を自分自身で手がけていることである。
「僕たちは〜」とか「僕らは〜」など、客観的な表現が多く、歌詞の内容も私的な恋愛小説的なものではなく、かなり自分の内面を見つめるような歌詞が多く。
歌詞だけで言えば、平成版中島みゆきといった趣がある。
2000年、初の全国コンサートツアー途中で左耳の疾患(内耳性突発難聴)を患う。
医者からはツアーを中止してすぐに治療するようにいわれていたが、ツアーを強行。
結局、左耳に後遺症が残ってしまった。
フジテレビ「ayu ready?」(2002〜04)の中でも左耳が難聴であると云っていました。
残念なことに、2007年末頃には左耳の聴覚が完全に失われたことをブログで発表しました。
浜崎あゆみは、幾つかのテレビCMに出演しています。
松下電器は今年から「パナソニック」に商標を統一します。
最近TVにほとんど出演していない浜崎あゆみさんですが、「パナソニック」は応援していくようです。
浜崎あゆみ & 中森明菜 [Desire]
